<第二夜> ふたつの魂 -大坂なおみとサーシャ・バイン-

 BS1で全米優勝!大坂なおみスペシャル「頂点への軌跡ドキュメント&緊急開店!語り亭」という番組をやっていた。前半のドキュメントは大坂のテニスそのものにフォーカスした内容で比較的良かったが、後半の「語り亭」とやらは、緊急らしく綿密な準備もい思慮もなく、民放のバラエティのような構成だったので、途中で見るのを止めた。

 さて、番組によると今回の大坂の快進撃の陰には、コーチの存在があったらしい。気になったので、いろいろ調べてまとめてみた。
 
<サーシャ・バイン>

 33歳のセルビア系ドイツ人。1990年代はジュニアのプレイヤーとして活躍していたものの、父親を事故で亡くし、テニスへのモチベーションを失う。その後はアメリカに移住、プロとしても何度か試合をこなすものの、大きな活躍はできず、シングルスの最高ランキングは1149位で終わる。

 その後、指導者の道を歩むことを決意。23歳まではドイツでコーチをしていたが、2007年にセリーナ・ウィリアムズのチームにスカウトされ、ヒッティングパートナー(正式なコーチとは別の非公式なコーチ)となる。 

 ※女子のプロテニス選手は高いレベルで技術やパワーを鍛えるため、練習では女子を相手にはせず、世界ランクが比較的低い男性の元選手(=ヒッティングパートナー)と行う。

◆ヒッティングパートナーとしての経歴

 2007年から元世界ランキング1位のセリーナ・ウィリアムズを8年
 2015年からビクトリア・アザレンカを2年
 2017年から全豪オープン女王のキャロライン・ウォズニアッキを1年


 いっぽう、大坂は2016年まで父親と二人でツアーを転戦。日本テニス協会はじめ周囲が「強くなるには指導体制の充実が必要」と働きかけ、著名な外国人コーチの招請に乗り出す。そして2017年12月、サーシャ・バイン就任の声がかかり、大坂も子供の頃から憧れていたセリーナの下で、ヒッティングパートナーを8年も務めたバジン氏に、好印象を持ったのだろう。
 
 ただ、ヒッティングパートナーは、コーチのように選手にアドバイスすることはない。あくまで練習相手(パートナー)に過ぎず、選手にとって必要不可欠な存在でもない。いっぽう、大坂も決して裕福な育ちではなく、テニスの英才教育を受けたわけでもない。フロリダで通っていたクラブのコーチは、無償奉仕だったという。また近年は、パワーやスピードはあるものの、プレイとしては粗削りで伸び悩んでいた。

 このように、恵まれた環境で順調にキャリアを積んできたとは言えないが、救い難いどん底だったわけでもない二人…。いわば、それぞれの次元で別々に存在していたふたつの迷える魂が、めぐりめぐって出会ったことで、大坂は選手として大躍進、バインはコーチとして大出世し、より上の次元へと共にのし上がった。このあたりに、運命的なものを感じはしないだろうか…。

 また、コーチとしてのバインには、現役時代に好成績を残せなかった経験が、むしろ指導者として有利に働いているのかもしれない。選手としては花開かなかったからこそ、今できる指導法があるのではないか。

 一例をあげると、バインコーチはネガティブに陥りがちな大坂に対して、まずは弱音を吐き出させ、それからポジティブな言葉を掛けてアドバイスするそう。これはいきなり叱咤激励するより、確かに効果的だと思える。単にメンタル面を支えるだけでなく、心情に寄り添う才能が備わっているようだ。

 今回の勝利は、「目には見えない信頼」が「目に見える結果」を生み出した好例に思える。今後も大坂のさらなる躍進を期待し見守るうえで、二人の関係性が重要な要素であり続けるのは間違いないだろう。
 

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BNPパリバ・オープン」での大坂(右)とバイン
(Photo by Jeff Gross/Getty Images)

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